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案内:勝川若奈先生
集合:朝堂院公園
行程:朝堂院公園→築地跡→築地回廊跡→大極殿公園→向日神社・元稲荷古墳(昼食)→須田家住宅→物集女車塚古墳→向日市文化資料館(解散)

長岡宮

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史跡長岡宮跡朝堂院公園

朝堂院は、宮の中心にある国家の政務や儀式を行う場所。朝堂院は南北に長く、北側の区画を大極殿院、南側の区画を朝堂院と呼ぶ。長岡京時代の朝堂院には東西に4つずつ、計8つの建物があった。現在、朝堂院公園として整備されているのは西側南端の堂にあたる朝堂院西第四堂と朝堂院の南門、回廊、楼閣である。

 朝堂院西第四堂は階段の位置・規模が明確でないため、基壇の位置をコンクリート縁石で示し、縁石を土留めとして盛土を行うという方法で保存整備がされた。また、公園として活用されることを踏まえ、盛土の上には芝生が植えられた。

南門、回廊では遺構上を砕石と真砂で舗装し、礎石位置に円形の花崗岩を置くことで、遺構を平面的に示す。礎石位置が立体的な円柱で示されなかったのは、整備後に公園として活用する際に、公園利用者や遺跡見学者の動線を妨げないため。

楼閣では礎石位置を花崗岩の円柱で示すことで、立体的な遺構の表示が行われました。楼閣跡は朝堂院正面の南門に付属する形で検出されていますが、都城遺跡としての検出は初例であり、重要な遺構であることから、南門、回廊跡との遺構の違いや重要性を示すために立体的に表示されている。

阪急西向日駅北西史跡長岡宮跡朝堂院公園に集合。

左側丸い石が回廊柱跡を示す。

今回は勝川先生の案内で「遺構・遺跡の保存・活用」をテーマの中心に据えて向日市を歩く。

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会長挨拶。コロナの注意事項と大阪講演会の紹介など。

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勝川先生の開始の挨拶と長岡宮跡朝堂院保存展示の説明

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公園の南部、砕石と真砂で舗装が回廊と楼閣の遺構。

奥の石柱が楼閣柱跡、手前丸い石が回廊柱跡。

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基壇の位置をコンクリート縁石で示し土留めとして盛土された朝堂院西第四堂

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公園の東端、円い石で示された南門柱跡。

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道路の反対側民家の垣根に立つ長岡宮で最初に発掘された南門(会昌門)発掘の記念碑

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長岡宮築地跡

 1979年に発見された長岡宮を囲む築地塀の跡。長岡宮内裏内郭築地回廊の真南・一直線上にあたる。

 遺構上に盛り土をして芝生を植えている。

遺構の地層を剥ぎ取り転写したものは向日市文化資料館で見ることがでる。

築地解説板

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築地塀の盛り土上で説明を聞く。

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築地塀

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長岡宮内裏内郭築地回廊

 桓武天皇の住まい内裏を厳重に取り囲んで警護するための廊下(内裏内郭築地回廊)の北西部分。内裏は北真経寺の南側中心に160m四方に広がっている。

公園内の丸い石が回廊柱跡。

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築地回廊復元図

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長岡宮跡大極殿公園

 大極殿は天皇が政務を執り、国家的儀式を行った場所。小安殿(後殿)は長岡宮で初めて設けられた天皇の休憩所。

今までに3回保存整備が行われ、遺構面への丁寧な保護盛土と排水溝や植栽によって史跡公園として整備されたが、近年、既存の排水施設等が撤去し新たに排水施設や擁壁が設けられた。

長岡宮跡大極殿公園。右は宝幢(ほうどう:儀式で用いられた旗)の柱跡。

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真ん中に歩道が通る大極殿跡。奥が後殿。

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平成26年に大極殿北側の回廊跡が史跡追加指定されたため、回廊跡も既存の公園と一体化する形で保存整備された。回廊の痕跡(柱の跡)は朝堂院跡と同様、地表面に円形の石材を置くことで表示された。

遺構上に大極殿回廊を模した四阿が建てられている。

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元稲荷古墳

元稲荷古墳で昼食休憩。

元稲荷古墳は丘陵が南に平野部へ張り出した先端の最高所に古墳時代前期(3世紀末)の元稲荷古墳がある。いわゆる特殊器台型埴輪を持つ前方後方墳。墳長94m、後方部3段、前方部2段の段築と葺石をもつ。後方部に長さ5.6mの竪穴式石室があり、鉄製武器・工具類(刀剣、槍、矛、石突、刀子、錐、やりがんな、斧)、銅鏃、土師器壺が出土した。

埴輪は前方部頂の平坦面に配置されていた。特殊器台形埴輪と壷形埴輪がそれぞれ数個体あり、セットで配置されていたものと想定されている。特殊器台形埴輪は都月坂型と呼ばれるもので、口縁部か受け口状を呈するが、脚部は単純な筒状をなす。体部には巴形と三角形の透かしを穿ち、これを取り囲む線刻があるか、文様は簡略化されている。壷形埴輪は複合口縁をなし、焼成前底部穿孔である。いわゆる都月型の中でも後出のものと考えたい。この埴輪配列をめぐっては、天理市東殿塚古墳前方部裾の埴輪配列との関係か注目されている。

元稲荷古墳前方部から墳丘

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元稲荷古墳前方部から後方部

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くびれ部付近の石槨の天井石

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伝統的木造建築物の保存について 須田家住宅

須田家住宅は「松葉屋」という屋号を持ち、幕末まで醤油の製造販売を行っていた。主屋と離れ座敷、土蔵、裏庭があるが、1987年に主屋が京都府指定有形文化財に登録された。主屋には南棟と北棟があり、南棟は江戸時代中期の初め頃、北棟は江戸時代末期の建築であると推測される。

指定有形文化財となったのを機に、保存修理が行われた。

・雨水の浸入を防ぐために地盤がかさ上げ

・建物外観や間取りが建築当初の様式に復原。

・建物は解体され部材は可能な限り再利用。

部材に建築当初の痕跡が残され、建築当初の形態と修理過程の究明を行う際の重要な資料であった

・解体に伴う発掘調査では、建築当初の排水溝の痕跡が検出されたため露出展示。

須田住宅前を通過。現在閉館中。

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物集女車塚古墳

 物集女車塚古墳は6世紀中頃の前方後円墳。後円部、前方部とも2段築成で、墳丘にはごく一部に葺石が施され、埴輪が並べられていた。副葬品として馬具、ガラス製の装飾品、金属製冠の断片などが出土していた。

玄室、羨道、石棺、墳丘の4つのセクションで保存整備。

◆玄室および羨道の保存整備

・石材のクリーニング:石材表面の付着物の除去と、石材の劣化度合いが確認。

・石材の亀裂箇所には樹脂が充填し、石材同士の隙間は目地材で埋める。

・樹脂は粘度が異なるものが用意され、石材の亀裂の幅に応じて使い分け。

目地材は、目地から取り除かれた土が用いる。

樹脂は接合した石材のサンプルがどの程度強度を保てるかを試験した上で使用を決定。

◆石棺の保存整備

・クリーニングと強化措置が実施。

◆墳丘の保存整備

・一部が崩壊している墳丘を築造当初の姿に成形する工事

緩んだ表土や雑草が取り除かれ、保護盛土。

・保護盛土の雨水等による流出を防ぐためと墳丘外観を損なわないために丈の低い植物(カムロザサ、コグマザサ)の植栽。

◆緑地公園としての整備

・石製ベンチやタイマー式照明灯、水飲み散水施設、外周柵も設置

整備前の墳丘(現地説明板)

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西から物集女車塚古墳墳丘

前回の例会では墳丘に登れたが今回は禁止されていた。

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南から物集女車塚古墳墳丘

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今でも機能している排水設備の展示。

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向日市文化資料館

玄関前に展示されている元稲荷古墳石槨の天井石

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自由に展示を見学して解散。阪急東向日、JR向日町へ向かう。

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