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「修験道成立前後-考古資料を手がかりとして」 立正大学 時枝 務氏
「役の行者と葛城山、大峰山の信仰」 滋賀県立大学 菅谷 文則氏

5月例会だより
博物館春季特別展第二回研究講座が五月例会となった。先ず立正大学時枝務先生が「修験道成立前後―考古資料を手がかりとしてー」というテーマで話をされた。古墳時代には、山にいる神を里の岩座に招き下ろして農耕の祭りをしていたことが、臼や杵のミニチュアが出土することから考えられる。飛鳥時代に、神の住む山に寺が作られる頃から宗教のあり方が変わってきた。次いで山頂は聖地であるという考え方が、山に登ること自体が修行であるという考えに変わっていった。それはまだ古密教的、現世利益的宗であったが、十一世紀蔵王権現の出現により修験道の完全成立となった。 次に滋賀県立大学菅谷文則先生が「役行者と葛城山、大峯山の信仰」という    222題で話をされた。白鳳時代に多数の山寺が建てられ、そこに住む僧たちの拠点が山奥へと進んでいった。仏教は本来は、人間は如何に生きるかを教えるものであったが、末法思想の流行により死後の世界を見るという考えから、大峯山での山岳疑似体験が行われるようになる。それが修験道の中心的役割となり、葛城の出身と言われている役小角は、金峯山を売り出すため奈良時代末に吉野の人とされた。このようにお二人の先生から「山岳信仰と考古学」の内容豊富な楽しいお話を聞くことができた。 (青木 明美) 
満員の聴衆
「修験道成立前後-考古資料を手がかりとして」
 立正大学 時枝 務氏
「役の行者と葛城山、大峰山の信仰」
 滋賀県立大学 菅谷 文則氏
 (写真 暦利 和子)